娘が生まれました。

子連れ再婚

娘、誕生

お疲れ様です。
ついに私に娘が生まれました。

初めて抱っこした時、ずしっと重みを感じ、足の動きに想像を超える力強さを感じ、父になった実感が湧くかと思いましたが、まだ心はふわふわしております。

不妊治療を経ての妊娠・出産。
子どもって避妊しなければすぐにできると思い込んでた、無知だった私。
妻には採卵や服薬でかなりの負担をかけました。
頑張っているのになかなか結果に結び付かず、私も何度も肩を落としましたが、実際に痛い思いをしている妻の落胆と疲労は私の比ではなかったでしょう。

不妊治療(体外受精)をしばらく休もうと妻と話していた矢先、奇跡的に自然妊娠に至りました。

妊娠は判明したけど、ちゃんと生まれてくる保証はない…
上手くいかなくてがっかりしたくなくて、安定期に入るまでは極力、子どものことは考えないようにしていました。

安定期を迎え、徐々に大きくなる妻のお腹を見るたび「父親になるんだな」と感じていましたが、途中からは「本当に自分は父親になるんだろうか?」と疑問形に変わっていきました笑

現実逃避ではなく、嫌だったわけでも、不安だったわけでもなく、なんとなく夢なんじゃないか、という不思議な感覚でした。

出産予定日の前日に「おしるし」が出て、その日か予定日ピタリで生まれてくるでしょう、と医師に言われて、私は一気に緊張感Maxになり、その瞬間を今か今かと待ちました。

しかし予定日には兆候はなく、そのまま1日、2日と時が過ぎていって、「妻はずっと妊婦なんじゃなかろうか」と現実離れした妄想をしていました。

予定日を過ぎて3日目の明け方3時半、妻に起こされ、陣痛が5分おきになっていると聞かされました。

すぐさま着替えて車に飛び乗り、妻を産婦人科に連れて行きました。
妻は痛みがある時は歩くこともできず、痛みが引いた時を見計らって、一歩一歩院内へと足を進めました。

私はとても緊張し、胸が高鳴っていましたが、正直不意を突かれたという思いもありました。
緊張感Maxだった1日、2日前はいつでも夜中に飛び出せるように自分の着替えと鞄と飲み物を見えるところにまとめておいたのに、この時は土日だったことに加え、なんとなく、もうしばらくは生まれることはないだろうと気が緩んでいたので、準備ができておらず、着替えはかなり慌ただしいものとなりました。(我が子は父の油断を見逃してくれなかったのでしょうか)

病院についてから、妻は助産師さんに容態を伝えるとそのまま分娩室に連れて行かれ、私はしばらく待っているように言われました。実は私は家を出てから、運転中もずっとトイレを我慢していました。それも大きい方を。5分ほど待っていたかと思うのですが、全くお声がかからず、トイレの我慢も限界が近づいてきたので、こっそりダッシュでトイレに駆け込みました。かなり気掛かりだったのは、もしもうお産が始まっていて、こんな大事な時に旦那さんはどこいったと助産師さんが探しているんじゃないかということでした。急いでいる時に限って、「大」というやつは終わったと思ったら、また出てくるのです。私の場合。

なんとかトイレを終えて、最初の場所に急いで戻りましたが、まだお呼びがかかっていないようでホッとしました。数分後に助産師さんが現れ、分娩室に入るよう促されました。まだ妻は元気そうで、着替えをしたり、点滴の投与を受けていました。
今のうちに母や義母に連絡をしたらよかろうということで、私がLINEしました。この時4時14分です。
その後5時8分に家に置いてきた息子の対応も義母にお願いしました。

これらの連絡をしつつ、時折襲ってくる痛みと戦う妻の背中をさすったり、ボールでぐりぐりしたりして痛みを和らげます。どうも腰のあたりが痛いらしく、そこを中心に攻めました。ボールは気持ちいいようですが、私の体力が続かなかったので結局手でさする方を選択しました。

病院によるとは思いますが、こちらの病院は分娩室内での写真撮影を全く規制していませんでした。私の感覚ではこのような場で写真どころかスマホを触っていることすらNGな気がしていましたが、先ほどのLINE打つのもOKですし、なんなら助産師さんが「ご主人、写真どうぞ!」と促してきます笑
おかげで大事な瞬間を撮り逃さず済みました。
改めて写真を見返すと、5時18分に妻と私のツーショットセルフィーがあるので、その時点では妻はまだ痛みのピークではなかったようです。

遂に本格的な陣痛が始まります。先ほどのセルフィーからそれほど時間は経ってないはずですが、時間感覚が麻痺していたので、何分後かは正確には分かりません。妻の悲鳴は凄まじく、今まで聞いたことも無い声で、正直私はビビってしまいました。同時に、たださすったり手を握ったりすることしかできない自分に無力感というか、居心地の悪さも感じていました。
もう何分経ったか分かりません。妻の叫びは続いていて、痛がる妻を見ていられなかった私は、目を瞑ってしまいました。(情けないですねw)
そんな時、助産師さんが妻に声をかけました。

「もう直ぐ赤ちゃんに会えますよ!」

時間感覚がないとはいえ、まだ長くて数十分といったところのはず、出産前に聞いていた出産の所要時間と照らし合わせて、この言葉は妻を励ます、半分気休めの言葉だと思っていました。

ところが

次の瞬間に目の前にでっかいでっかい赤ちゃんがスッと現れました。

「うぅわっ産まれた!」

まさかもう生まれるとは!早いとかいうと痛い思いをした妻に蹴られるかもしれませんが、産まれた時刻は5時35分。先ほどのセルフィーが5時18分なので本格的な痛みからわずか17分。陣痛が5分おきになったのが3時から3時半の間なので2時間ほどで産まれたことになります。長時間苦しんだ妊婦さんが聞いたら羨ましく思うのでしょうか。
前夫との間の第1子の出産が6時間だったそうで、それなら今度は2時間くらいになるから、家で産み落とさないよう気をつけて、と出産数日前には助産師さんから言われてまして、流石にそんなことないやろ、と思いつつほんとにそうなったらマジ怖いと思ってました。予告通り2時間で産まれてきたので、確かに下手したら自宅で生まれてたかもしれません。想像しただけで怖すぎる…

助産師さんが臍の緒で繋がったままの赤ちゃんを掲げて、「お父さん、写真どうぞ!」とかいうので「これも撮っていいのか…」と思いつつパシャパシャ撮らせていただきました。
体重を測ったら、3568g!大きく産まれました。こんな大きい子が妻のお腹の中にいたのかと思うと、改めて妻の頑張りには感謝するしかありません。

一旦私は分娩室の外に出るよう促されたので、待合室で私と妻の両親や妻の姉に連絡し、先ほど撮った写真を送りました。30分ほど経ったのち再び分娩室に呼ばれ中に入ると、妻と綺麗な服を着た赤ちゃんが待っていました。赤ちゃんはお腹から出てきた瞬間は羊水でふやけてたのか、しわしわのガッツ石松のようでしたが、産湯に浸かってさっぱりして少し水分が抜けたのか、多少小顔になってスッキリした顔をしていました。私の家系の血の為せる技か、頭が長いのはご愛嬌です笑

妻と赤ちゃんはこれから入院、私は一旦自宅に帰りました。
とにかく一大イベントは無事に終了しました。
母子共に健康で何よりです。
そしてこれから子育てという私にとって未知の領域に踏み入れます。
(妻の連れ子は出会った時にすでに6歳だったので)
また、ステップファミリーとして新たなステージに入ることになります。
いいことも悪いこともいっぱいあるでしょうが、とにかく人生を楽しんでいきますね。

最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

追伸 トップ絵ですが、再婚夫婦の間に産まれ子どものことをセメントベビーというらしいですが(英語のセメントには家族の愛情や絆を強くするという意味があるとのこと)AI画像生成でセメントベビーと入力したらこれが出てきました。不評なら削除します笑

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